私立学校での残業代請求への対策
公立学校と私立学校
公立学校では、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」により、公立教員に給料月額の4%分を教職調整額として支給する代わりに、「時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」(同法3条2項)と規定されています。
一方、私立学校で働く教員には上記法は適用されず、一般企業と同様に「労働基準法」が適用されるため、私立学校においては同法を遵守しなければなりません。
残業(時間外労働)
上記のとおり公立学校の教員に残業代が支払われないことが違法でないことから、私立学校の教員に対しても同様に残業代が支払われないケースがあります。
しかし、労働基準法では、使用者が労働者に法定労働時間(原則1日8時間、1週40時間)を超えて労働をさせた場合には、2割5分増以上の割増賃金を支払う必要がある旨規定しています(同法37条1項)。
この点、基本給の一部や特定の手当を定額残業代として支給するとの取り扱いをしているため、割増賃金を支払う必要がないとの主張が見受けられますが、その場合には、以下の点に注意する必要があります。
⑴ 基本給に残業代が含まれている場合
このような制度を取っていると争われた事案では、最高裁は以下のように述べています。
その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる
(最1小判昭和63年7月14日労判523号6頁) |
このように、基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されていることが必要であるため、就業規則に「基本給25万円の中に時間外労働に対する割増賃金を含む」との規定があったとしても、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とが明確に区分されていないため、使用者は割増賃金の支払義務を免れることはできません。
⑵ 定額の手当を支給する場合
精勤手当を残業代の趣旨で支払っていると争い、給与規程には、「会社は、営業社員について本規程第15条の超過勤務手当に代えて、精勤手当を定額で支給する。なお、超過勤務手当が精勤手当を超える場合には、 その差額を支給する」と規定があった事案において、裁判所は以下のとおり述べています。
仮に本件みなし残業合意がX・Y 社間に成立していたとしても、…かかる合意が有効とされるためには、①当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること(要件a)、②定額残業代として労基法所定の額が支払われているか否かを判定することができるよう、その約定(合意)の中に明確な指標が存在していること(要件b)のほか、③当該定額(固定額) が労基法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在するか、あるいは少なくとも、そうした取扱いが確立していること(要件c)が必要不可欠であると解される。
まず要件aを満たすには、少なくとも当該手当が,i時間外労働に従事した従業員だけを対象に支給され、しかもii時間外労働の対価以外に合理的な支給根拠(支給の趣旨・目的)を見出すことができないことが必要であると解される…また要件bを満たすには、少なくとも当該支給額に固定性(定額制)が認められ、かつ、その額が何時間分の時間外労働に相当するのかが指標として明確にされていることが必要であると解される…さらに要件cを満たすには、労基法所定の割増賃金との差額精算の合意ないしはその取扱いが確立していることで足りる (東京地判平成25年2月28日労判1074号47頁) |
そのため、残業代を手当の趣旨で支払う場合には、手当の支給対象となっている者、手当の支給根拠、当該手当の金額と当該手当に含まれる時間外労働等の時間数の記載の有無、当該手当に含まれる時間数を超えて残業が行われた場合には別途精算する旨の記載・別途精算の有無等に留意する必要があります。
当事務所でできること
このように、基本給の一部や特定の手当を定額残業代として支給するとの取扱いにあたっては厳格な要件を充たすことが求められているなど、専門的な知識が必要となります。
また、上記取扱いが無効となった場合には時間外割増賃金も支払うこととなり(場合によっては付加金を支払う必要があります。)、会社には大きなコストが発生することになります。
そのため、これらの取扱いついては事前に専門家に相談することが望ましいといえます。当事務所では、労務に関する十分な知識を有していますので、悩まれた際にはご相談ください。