働き方改革
働き方改革法は,労働基準法,労働契約法,労働者派遣法といった8つの労働各法の改正を行う法律の通称です。平成30年6月29日に可決・成立し,同年7月6日に公布されました。旧雇用対策法改正は公布後直ちに施行され,その他は本年(平成31年)4月1日から順次施行されています。
我が国が直面する「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「働く方々のニーズの多様化」などの課題に対応するため,就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境づくりを目的として制定されました。
働き方改革法は,大きく分けて,(1)労働時間法制の見直しと(2)雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を柱としています。
労働時間法制の見直し
① 時間外労働の上限規制
長時間労働は,健康の確保を困難にするとともに,仕事と家庭生活の両立を困難にし,少子化の原因,女性のキャリア形成を阻む原因,男性の家庭参加を阻む原因となっています。また,長時間労働を是正することによって,ワークライフバランスが改善し,女性や高齢者も仕事に就きやすくなり労働参加率の向上に結びつきます。
そこで,今般の改正により,時間外労働(休日労働は含まず)の上限を,原則として月45時間・年360時間とし,臨時的な特別の事情がなければ,これを超えることはできないものとしました。これについては,従前から厚生労働大臣が定める基準(行政指導)という形式で同様な規定が設けられていましたが,原則と例外が逆転することが常態化していたため,これを法律で定めることされました。そして,臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも,時間外労働は年720時間以内,時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満,2か月平均,3か月平均,4か月平均,5か月平均及び6か月平均が全て80時間以内としなければならないことになりました。また,原則である月45時間を超えることができるのは,年6か月までとされています。
違反した企業には,6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられます。
なお,大企業は平成31年4月1日から適用を受けますが,中小企業は1年猶予され,令和2年4月1日からとなります(但し,適用を猶予・除外する事業・業務があります)。
② 有給休暇取得義務化
これまでは,労働者が自ら申し出ない限り,会社が,労働者に対して年次有給休暇を取得させる必要はありませんでした。しかし,今般の改正で,会社は,年10日以上の有給休暇の権利が与えられた労働者に,年間最低5日以上の有給休暇を取得させることが義務付けられます。会社は,当該労働者の希望を聞き,これを踏まえて,年次有給休暇を取得させる時季を指定する必要があるのです。
これも違反すると6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられます。
③ 月60時間超の残業の割増賃金率の引上げ
平成20年の労働基準法改正により,1か月に60時間を超える時間外労働に対する割増賃金は「1.5倍以上」に引き上げられましたが,中小企業等に対しては,経営体力を理由に,当分の間適用しないという猶予措置が設けられていました。しかし,今般の改正により,令和5年4月1日にこの猶予措置が廃止され,中小企業等も上記割増賃金を支払わなければならないことが決定しました。
また,会社は,裁量労働制の適用者や管理監督者も含む全ての労働者の労働時間の状況を,客観的な方法その他適切な方法で把握することを義務づけられます。
④ フレックスタイム制の拡充
フレックスタイム制とは,始業及び就業の時刻を労働者の決定に委ねる制度のことをいい,生活と仕事との調和を図りながら働くことが可能になるとされています。
これまでは,清算期間(労働者が労働すべき時間を定める期間)を「1か月以内」とする必要がありましたが,これを「3か月以内」と延長することにより,労働者により一層柔軟な働き方を認めることとされました。
なお,1ヵ月を超える清算期間を設定する場合は労使協定の届出が必要となりますので注意が必要です。
⑤ 高度プロフェッショナル制度
今般の改正により,高度プロフェッショナル制度が新設されます。高度プロフェッショナル制度とは,高度の専門的知識等を有し,職務の範囲が明確で一定の年収要件を満たす労働者を対象として,労働基準法に定められた労働時間,休憩,休日及び深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度です。
対象となる高度専門職は,金融商品の開発,金融商品のディーリング,アナリスト,コンサルタント,研究開発業務であり,年収は1075万円以上であることが要件となります。
また,この制度を導入するためには,年間104日以上,かつ,4週間を通じ4日以上の休日を与える休日確保措置,健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置等を講じた上で,労使委員会の決議及び労働者本人の書面による同意を得る必要があります。
⑥ その他
ワークライフバランスの実現の観点から,前日の終業時刻から翌日の始業時刻の間に一定の休息時間を確保する仕組み(勤務間インターバル)を整える努力義務が定められました。
また,産業医への情報提供や産業医による労働者の健康相談の強化,産業医と衛生委員会との関係強化といったことも定められました。
雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
同一企業内における正社員と非正規社員の間の不合理な待遇の差を無くし,どのような雇用形態を選択しても待遇に納得して働き続けられるようにすることで,
多様で柔軟な働き方を「選択できる」ようにすることを目的として,次のような事項が定められました。
まず,パートタイム労働法は,その対象に有期雇用労働者も含まれることとなり,法律の略称も「パートタイム・有期雇用労働法」となりました。
ここでは「均衡待遇」(不合理な待遇差の禁止)と「均等待遇」(差別的取扱いの禁止)が定められています。このうち「均衡待遇」は,従前からパートタイム労働者,有期雇用労働者いずれにも定められていましたが,今般の改正により,基本給,賞与,その他個々の待遇ごとに合理性を判断することが明確化されました。また,「均等待遇」については,有期雇用契約者については明文規定がありませんでしたが,今般の改正で明文化されました。
次に,派遣労働者については,派遣先の労働者との均等・均衡待遇,または,一定の要件を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保することが義務付けられました。
そして,正社員と非正規社員(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)との間で,いかなる待遇差が不合理なものであり、いかなる待遇差が不合理なものでないのか,原則となる考え方及び具体例を示した「同一労働同一賃金ガイドライン」が定められました。ここでは,基本給や賞与だけでなく,昇給,各種手当といった賃金に関するものを広く含んでおり,また,教育訓練や福利厚生等についても記載されており,会社の制度設計をするうえで参考になります。
最後に
今般の改正は,広範囲にわたっている上,罰則や厚生労働省による企業名公表制度の制裁があります。また,割増賃金請求や過労死等による損害賠償請求といった民事上の責任についても,法律上の義務が明確にされたことに伴い,これに違反した場合には莫大な損害賠償義務が認められる危険があります。反面,会社が態勢を見直すにあたって必要な事項が明確になったともいえ,態勢整備を行う、またとない機会であるともいえます。