ヤクルト立体商標判決について 

1 念願叶って
  平成22年11月16日、知財高裁は、ヤクルトの容器の立体的形状そのものについて、商標登録を認める判決を出しました(平成22年(行ケ)第10169号)。
  ヤクルト社がこの容器の商標登録出願をしたのは、これが初めてではありません。今からおよそ10年前にも、同じ容器の商標登録の可否が、裁判で争われていました(平成12年(行ケ)第474号)。平成13年7月17日に出されたこの裁判の判決では、登録を拒絶した特許庁の審決が支持され、商標登録は認められませんでした。
  振り返れば、10年経って、ようやくヤクルト側の主張が認められたわけですが、今般の判決は、ヤクルト関係者にとってだけでなく、立体的形状の商標登録にかかわる実務にとっても、大きな意味をもつ判決だったといえます。
  以下では、平成13年判決やその他の裁判例を参照しながら、本判決の意義を見てみたいと思います。
 
2 立体的形状を商標登録する難しさ
(1)立体商標にもいろいろある
   平成8年の法改正に伴い、文字や図形といった平面商標のみならず、「立体的形状」も立体商標として商標登録できるようになりました。立体的形状のみでもかまいませんし、平面標章と組み合わせて商標登録することも可能です。ペコちゃん人形などの広告物には、立体商標の登録を受けた事例が多数あります。
   一方、もともと自他識別のために作成される広告物とは違い、商品やその包装については、立体的形状のみを商標として登録するのが非常に難しいといわれています。
(2)「普通に用いられる方法」だと登録できない(商標法3条1項3号)
   商標法3条1項3号は、商品やその包装の形状を、「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、登録できないと定めています。
   これは、こうした商標には、商標の要ともいえる“自他商品の識別機能”が欠けているからです(このような商標を、識別力欠如商標といいます)。また、商品や包装の機能を果たすために必要な普通の形状を、一部の者に独占させるのは適当でないという配慮もあります(このような商標を、独占不適商標といいます)。
   実際の審査実務に目を移すと、特許庁では、この条文の該当性を審査するにあたり、たとえ立体的形状に特徴的な変更や装飾が施されていても、その商品の取引業界において採用しうる範囲での変更・装飾等と認識されるに止まる場合には、自他商品の出所を表示する識別力があるとは認められず、法3条1項3号に該当すると判断しています。
   そうすると、商品等の形状を単独で商標登録するには、その商品からは予想できないような特異な形状でない限り難しいということになります。このため、実際の登録例も、多くはありません。
(3)使用によって識別力が生じれば登録できる(商標法3条2項)
   商標法は、先ほどの条文の後に、次のような規定を置いています。すなわち、「普通に用いられる」形状であっても、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる」商標は、商標登録することができるというものです(法3条2項)。
   立体的形状に固有の識別力がなくても、これを使用することによって、自己の商品であることが人々に認識されるようになり、結果として識別力が得られた場合には、商標登録を認めてよいということです。
   ただし、この規定の適用にあたり、特許庁の審査実務には、出願する商標・商品と、使用されてきた商標・商品とは、同一でなければならないという原則があります。そうはいっても、商品やその包装が、文字や図形を一切表示しないで使用されることはまずないでしょうから、ほとんどの出願は、原則形態からは外れてしまうでしょう。
では、実際は圧倒的多数を占めるであろう例外形態はどうなってしまうのかというと、特許庁の運用では、少なくとも、平面標章よりも立体的形状に施された変更・装飾が、需要者に強い印象・記憶を与えるものでなければならないとされています。そうすると、現在の運用によれば、立体的形状自体が強い印象・記憶を与えるものであり、しかもその強度が平面標章部分のインパクトに勝っていると認められない限りは、商標登録ができないということになります。
このように、使用による識別力の獲得を理由に商標登録を受けるという道も、なかなか険しいのです。
(4)機能確保に不可欠な立体的形状だけだと、やっぱり商標登録はできない
   なお、たとえ使用による識別力の獲得を認めてもらえるとしても、「商品又は商品の包装の形状であって、その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は、商標登録することができません(商標法4条1項18号)。このような商標は、先ほどお話しした独占不適商標に該当するからです。
 
4 平成13年のヤクルト判決
  平成13年に出された前のヤクルト判決では、厳しい基準に則って商標登録を拒絶した特許庁の判断が是認されました。
  すなわち、ヤクルトの容器の形状には、「指定商品である『乳酸菌飲料』の一般的な収納容器であるプラスチック製使い捨て容器の製法、用途、機能からみて予想し得ない特徴」がないとし、法3条1項3号に該当すると判断しました。
  また、法3条2項の適用については、「本件出願当時、既に本願商標の立体形状と同様に『くびれ』のある収納容器が原告以外の業者の乳酸菌飲料等の製品に多数使用されていたことが推認される点、…『ヤクルト』について、その収納容器に『ヤクルト』の文字商標が付されないで使用されてきたことを認めるに足りる証拠はない点なども併せ考えると、…その形状だけで識別力を獲得していたと認めるのは困難である」と判断し、適用を否定しました。
  このように、平成13年判決では、使用された容器に「ヤクルト」という文字商標の付されていたことが、容器の形状自体の自他識別力を否定する根拠の1つとされています。
  また、この容器は剣持勇氏がデザインしたもので、使用を開始した昭和40年頃は、他に類を見ない画期的な形状だったそうですが、平成13年判決は、出願時において似たような容器の乳酸菌飲料が多数出回っていることを重く見ています。
  なお、ヤクルト側は、容器が識別力を獲得していることの証拠として、容器の形状を見てヤクルトの商品であるという認識を示した者が、82.9%いるという内容のアンケート結果を提出していました。しかし、どうやらそのアンケートには、「ヤクルト」とか「ヤクルト以外の商品」という文言が表示されていたらしく、判決は、アンケート対象者がその文言に誘導された可能性も否定できないとして、あまり評価しませんでした。
 
5 平成22年のヤクルト判決
  では、平成22年のヤクルト判決は、平成13年判決とどう違うのでしょうか。
  今回の裁判のなかで、ヤクルト側は、容器の形状が「普通に用いられる」ものであることを争いませんでした。このため、争点は、容器の形状が使用によって自他識別力を獲得したかどうかという、法3条2項の該当性に絞られました。
(1)商標登録を認めた最近の裁判例
   実は、平成22年判決に先立ち、商品等の立体的形状に法3条2項の適用を初めて認めた画期的な判決が、2つ出されていました。
   1つは、平成19年6月27日のマグライト事件判決であり、もう1つは、平成20年5月29日のコカ・コーラ事件判決です。前者は、平面商標が目立たない形で商品に付されている事例でしたが、後者は、平面商標部分が著名かつ目立つ態様で表示されているにもかかわらず、立体的形状自体の識別力が認められた事例です。
   これら2つの判決も、法3条2項の適用が認められるためには、原則として、出願商標と使用された商標は「同一」でなければならないと述べています。もっとも、商品等には、その出所たる企業等の名称や、記号・文字などの標章が付されるのが通常であるという認識を示した上で、この場合には、文字標章が付されているという事実だけで直ちに立体的形状の識別力を否定するのは適当でなく、立体的形状が企業名や平面商標等から独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである、という判断の枠組みを打ち出しました。
(2)平成22年判決の判断内容
  ア 判断の枠組み
    こうした先行判決に対し、平成22年のヤクルト判決は、出願商標の立体的形状と使用された商品等の立体的形状が「共通である」ことを要求するとともに、文字商標等を捨象して残された立体的形状に注目し、これが独自の自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきであると示しました。
    先行判決は、出願商標と使用された商標は原則として同一でなければならないと述べていましたが、平成22年判決はこの原則論に触れておらず、「共通である」ことを要求するに止めています。イメージとしては、審査の形式的な間口を広めに解しているといえそうです。
  イ 事案へのあてはめ
① 結論
     平成22年判決は、結論として、ヤクルトの容器の形状は、「他社商品との間で識別する指標として認識されていた」と認定しました。
     この認定にあたっては、ヤクルトが同じ容器で長年販売され、高い市場占有率を有していることや、毎年巨額の広告宣伝費が費やされただけでなく、容器の特徴や利点を強調しながら、あたかもヤクルト社のシンボルマークであるように扱うなど、容器の形状を需要者に強く印象づける広告方法が採られてきたという事情などが、積極的に評価されています。
② 「ヤクルト」という文字商標の存在について
     平成13年判決は、容器に「ヤクルト」の文字商標が大きく記載されているという事情があるため、容器の形状自体が識別力を獲得したことについて、消極的に解していました。
     しかし、平成22年判決は、立体的形状のみを提示して行ったアンケート調査の結果などからすると、「本件容器の立体的形状は、本件容器に付された平面商標や図柄と同等あるいはそれ以上に需要者の目に付きやすく、需要者に強い印象を与えるものと認められるから、本件容器の立体的形状はそれ自体独立して自他商品識別力を獲得している」と判断しました。
     先ほどお話ししたように、平成13年判決は、「ヤクルト」という表記が出てくる当時のアンケート調査の結果を、ほとんど評価していません。これに対して、平成22年判決は、最近のアンケート調査の結果を、証拠として高く評価したようです。今回のアンケート調査は、空の容器の写真を提示し、容器から思い浮かべるイメージや商品を答えてもらうというものですが、実に98%以上の回答者が、容器の立体的形状だけを見て、ヤクルトを想起すると回答したそうです。判決文を読む限り、どうやら今度は、アンケート文中に「ヤクルト」という文言を表示しなかったようです。
③ 類似品が多数出回っていることについて
     また、先ほどお話ししたように、平成13年判決は、似たような容器の乳酸菌飲料がたくさん出回っていることを、消極的な判断要素として扱っていました。
     これに対して、平成22年判決は、インターネット上の記事によると、他社の容器は“ヤクルトとのそっくりさん”とか、“ヤクルトもどき”などと指摘され、ヤクルトの模倣品であるとの意識を持たれている様子がうかがわれるとした上で、「取引者及び需要者がそれらの商品を先行商品の類似品若しくは模倣品と認識し、市場において先行商品と類似品若しくは模倣品との区別が認識されている限り、先行商品の立体的形状の自他商品識別力は類似品や模倣品の存在によって失われることはない」としました。
     ここからは、類似品が多いという事情によって一律に識別力を否定するのではなく、類似品が存在してもなお、市場において区別がつけられているかどうかを吟味しようとする姿勢が読み取れます。
    
6 今後の指針として
  マグライト事件判決に始まって、コカ・コーラ事件判決、そして今回のヤクルト判決と、商品等の立体的形状を独立の立体商標として認める司法の判断が、少しずつ出されるようになりました。
  これらの裁判が示してきた方向性、すなわち平面商標部分の識別力にとらわれず、立体的形状自体の識別力について諸般の事情から判断しようとする傾向は、特許庁における審査実務にも影響を与えるものと予想されます。なお、紙幅の関係上、今回は触れられませんでしたが、平成20年6月30日には、チョコレートの形状が、普通に用いられる形状(法3条1項3号)にそもそもあたらないと認定して、登録拒絶した特許庁の審決をひっくり返した判決が出されています。
  まだまだ簡単ではないと思われる商品等の立体商標登録ではありますが、使用によって識別力を獲得したと主張し、法3条2項の適用を受けたい企業としては、その立体的形状を長期間使用するだけでなく、形状自体に焦点を当てた宣伝広告活動を展開し、立体的形状を需要者に強く印象付けていくなど、できる限りの方策を地道に続けていくことが望まれるといえます。
  今回のヤクルト判決などは、どうしたら立体的形状を商標登録できるのか、そのヒントを与えてくれるものでもあります。