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特許権侵害判断の基本(切り餅特許を例に)

近時、マスコミでも若干話題となった切り餅特許(東京地裁平成22年11月30日判決のケース)を題材にして、特許権の侵害を具体的にどうやって判断するのかを見ていきたいと思います。

【ケース】
 X社(原告)は、発明の名称を「餅」とする特許(特許第4111382号)を有している特許権者ですが、Y社(被告)に対し、Y社が製造・販売している餅(被告製品)を製造、販売及び輸出する行為が、Xの有する特許権を侵害するとして、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の製造、譲渡等の差し止めとすでに製品化された被告製品等の廃棄を求めるとともに、14億8500万円の損害賠償を求めました。

1 このケースでは、Yが製造・販売している餅が、Xが有している特許権を侵害しているか否かが主として争われました。すなわち、Yの餅がXの有する特許発明の技術的範囲に属するか否かが争われたのです。
2 まず、特許法は、上記の特許発明の技術的範囲は、「願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定しています(特許法70条1項)。特許権を取得するためには、特許庁に出願をする必要がありますが、その出願の際には「願書」を特許庁に提出し(特許法36条1項)、その願書に「特許請求の範囲」という書面を添付する必要があります(特許法36条2項)。そして、特許発明の技術的範囲は、この特許請求の範囲の記載に基づいて定まる、ということになります(特許請求の範囲を英語で「クレーム」といいますが、わが国でも「クレーム」と呼ぶことが多いです。)。
3(1) では、この特許請求の範囲には何が記載されているのか、といいますと、特許を出願する人が特許として権利化することを希望する発明の構成が記載されています。
(2) Xの有する特許では、特許請求の範囲の一部に、次のように記載されていました。
「A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
E ことを特徴とする餅。」
実際のクレームは、以上が一文で記載されていますが、わかりやすいように発明の構成要件ごとに分けて記載してあります。このことを「構成要件に分説する」といいます。
(3) 要するに、角餅の横側の側面に、側面に沿う方向で切り込みを入れたというところがXの有する発明の特徴です。
4(1) また、特許を出願する際の願書には、上記の「特許請求の範囲」だけではなく「明細書」という書面も添付する必要があります(特許法36条2項)。
この明細書には、①発明の名称、②図面の簡単な説明、③発明の詳細な説明を記載する必要があります(特許法36条3項)。そして、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するにあたっては、この明細書の記載も考慮するものとされています(特許法70条2項)。
(2) Xの有する特許の明細書(発明の詳細な説明)には、次のような記載がありました。
「【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網に付着してしまうことが多い。」(段落【0002】)
「このような膨化現象は焼き網を汚すだけではなく、焼いた餅を引き上げづらく、また食べにくい。・・」(段落【0004】)
「一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、・・焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、・・」(段落【0007】)
「・・本発明は、・・切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成すれば一層この切り込みよって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美観も損なわず、しかも確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べやすく、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。」(段落【0033】)
「また、切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。」(段落【0034】)。
従来、餅を焼いて加熱すると、どこからともなく膨らんできて、時には下に垂れることもあり網にくっついたりして食べにくいという問題があったところ、これを解決するため、餅の横側に予め切り込みを入れておき、その部分が膨らむようにすれば、問題は解決し、さらには、焼き上がったときに丁度最中のようにサンドされた状態となって見た目にも美味しそうな餅となる、ということが説明されています。
  他方、Yの販売している餅にも、同じく横側に切り込みが入っていました。もっとも、Yの餅は、横側だけではなく、上側や下側にも十字状に切り込みが入っていました。
さて、Yの餅は、Xの特許権を侵害していることになるのでしょうか。
ここでも、Xの特許発明の技術的範囲を特許請求の範囲(クレーム)の記載に基づいて定め、その技術的範囲にYの餅が含まれるということになれば、Xの特許権を侵害するということになります。
具体的には、本ケースの場合、先に掲げたクレームのB「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、」という記載が、「餅の上下には切り込みを入れず横側にだけ切り込みを入れる」と解釈すべきなのか、「餅の上下ではない横側に切り込みを入れる」と読んで、上下の部分には切り込みを入れてもよいし入れなくてもよいと解釈すべきなのか、が争われました。
裁判所は、次のように述べて、前者の解釈を採用し、Yの餅はXの特許権を侵害しない、としました。
「本件発明の特許請求の範囲・・の記載及び・・本件明細書の記載事項を総合すれば、本件発明は、『切り込みの設定によって焼き途中での膨化による吹き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感を損なわず実用化でき』るようにすることなどを目的とし、切り餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を、従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく、『上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成』する構成を採用したことにより、焼き途中での膨化による吹き出しを制御できると共に、『切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけではなく、オーブン天火による火力が弱い位置にあるため、焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い』などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから、・・(クレームの)Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は、切り込み部等を設ける切餅の部位が、『上側側面部の立直側面である側周表面』であることを特定するのみならず、『載置底面又は平坦上面』ではないことをも並列的に述べるもの、すなわち、切餅の『載置底面又は平坦上面』には切り込み部等を設けず、『上側側面部の立直側面である側周表面』に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。」
つまり、特許請求の範囲の「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、」という文言について、明細書の記載も考慮して考えるならば、餅の横側にだけ切り込みを設ける(つまり、Xは餅の上下に切り込みを入れることを除外している)というのがXの特許権の技術的範囲であり、横側だけではなく上下面にも切り込みが入っているYの餅は、Xの特許権の技術的範囲に含まれない以上、特許権侵害にはならない、とされたのです。
皆さんは、どうお考えになりますか?
なお、報道によりますと、Xは、この判断を不服として、知的財産高等裁判所に控訴したそうです。
6  以上、餅の切り込みという比較的わかりやすい発明を例に、特許権侵害の判断方法の一端をご説明しました。