行政指導判例

<最判昭和60年7月16日民集第39巻5号989頁>
 
1 事案の概要
原告は、地下1階、地上9階建てのマンションを建築すべく、昭和47年10月28日、被告(東京都)の建築主事に対し、建築確認申請書を提出(本件建築確認申請)。
これに対して、建築主事は、付近の住民100余名から建築反対の陳情書が出されていることをふまえ、住民との間で話し合いによる円満解決をするよう行政指導を行い、上記申請に対する確認処分を行わなかった。このため、原告は、積極的に住民との円満解決に取り組んだ。
ところが、被告は、昭和48年2月23日、都の「新高度地区案」の発表に伴って、本件建築確認申請を新高度地区案に適合させるよう、設計計画を変更することを依頼し、また住民との紛争が解決しなければ新高度地区案の施行前に確認処分は行わないと説明した。そこで、被告は、同年3月1日、「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の審査請求を行った。
最終的に、建築主事は、同年4月2日、原告が上記審査請求を取り下げたのと引き替えに、本件建築確認申請について確認処分をした。
原告は、確認処分の遅延に伴う工事費用の増額分について、国家賠償請求訴訟を提起した。
2 主たる争点
 ① 建築主事が確認処分を留保することは違法となるか
 ② 行政指導を理由とする確認留保の許容限度
3 判旨
(1)①について
「……法が建築主事の行う確認処分について応答期限を設けた趣旨は、違法な建築物の出現を防止するために建築確認の制度を設け、建築主が一定の建築物を建築しようとする場合にはあらかじめその建築計画が関係法令の規定に適合するものであるかどうかについて建築主事の審査・確認を受けなければならず、確認を受けない建築物の建築又は大規模の修繕等の工事はすることができないこととし、その違反に対しては罰則をもつて臨むこととしたこと(法六条一項、五項、九九条一項二号、四号)の反面として、右確認申請に対する応答を迅速にすべきものとし、建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生ぜしめることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される。そして、建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、審査の結果、適合又は不適合の確認が得られ、法九三条所定の消防長等の同意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。
 しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであつて、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、必ずしも右の同意のあることが明確であるとはいえない場合であつても、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。」
(2)②について
「……普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定める(一条)、としているところであるから、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。
 もつとも、右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。
 したがつて、いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。」
4 補足
 原告の損害額としては、確認処分が遅滞した期間の分だけ工事完成が遅れ、建物の完成によって得べかりし収入を上げることができず、ひいては建築費用としての借受金の返済が遅れ、余分な支払金利がかさんだと評価され、その分(ただし当時の銀行普通預金の利息割合を控除)が損害額として認定された(原審の判断)。
 本判決は、行政手続法の行政指導に関する規定(とくに33条)の基礎を提供したものとして有名。本判決の根底には、行政指導(≒法的根拠のない権利の制約)が適法となるのは、行政指導の相手方である国民の任意の協力・服従があることにかかっているという基本原理(法治主義)の重視があると思われる。「真摯かつ明確な意思の表明」とは、行政指導の相手方の拒否の意思表明については、社会的に肯定できるような客観的条件が備わっていることが必要であるとしている趣旨。ただし、これは行政指導の経緯や周囲の客観的情勢の変化等との関連における相手方本人の事情を中心に考えてよく、行政指導の目的である公益上の必要性との比較考量は、別途考える。