麹町弁護士による企業法律相談

運営:中村綜合法律事務所(東京弁護士会所属)麹町駅直結

 

  03-3511-5611
受付時間9時~18時

判例紹介

 この判例は,平成 16年の行政事件訴訟法改正によって作られた「義務付け訴訟」や「仮の救済制度」が活用されたことによって,障害を持つ子どもの保育園入園が実現されたという事案です。
 
<事案の概要>(東京地判 H18,10,25判時 1956-62
  Xちゃんは,平成 12年,父Aさんと母Bさんとの間に生まれ,両親といっしょにY市に住んでいました。AさんとBさんは共働きの夫婦で,Bさんは,親の介護・看護もしていました。
  Xちゃんはのどの病気で, 1歳のときに気管切開手術を受け,その後はのどにカニューレという器具を装着して,気管にたまるたんや唾液を定期的に取り除いたりすることが必要な状態になりました。
  平成 15年,Xちゃんは,Y市が運営する肢体不自由児通園施設に入園し,そこに通っていました。
  平成 163月,父Aさんは,Xちゃんを障害のない子どもたちといっしょの保育園に通わせたいと考え,Y市の福祉事務所長に対して,平成 16年度のY市の保育園入園申込みをしましたが,これは受理されませんでした。
  翌 17年にも,Aさんは, 1月と 3月の 2回にわたって,Y市の福祉事務所長に対して,Xちゃんの平成 17年度のY市の保育園入園申込みをしましたが,Y市の福祉事務所長は,Xちゃんにはたんの吸引措置が必要なため,保育園での集団保育が困難であるとして,入園を承諾しないという処分をしました。
 
保育園の入園を拒否されることがあるのですか?
児童福祉法では,市町村は,保護者が働いていたり病気のために,児童の保育に欠けるところのある場合に,保護者から申込みがあれば,その児童を保育所において保育しなければならないと定められています。ですから,原則として,保護者が働いていたり病気のために,児童の保育に欠けるといえる場合には,定員の問題を除けば,保育園への入園が認められることになります。
 
Xちゃんの両親は共働きということですが,Y市の福祉事務所長は,なぜXちゃんの保育園入園を承諾しなかったのですか?
上記の児童福祉法の規定には,「保護者が働いていたり病気のために,児童の保育に欠ける」という上記の入所要件を満たしている場合であっても,付近に保育所がないなど,『やむを得ない事由』があるときは,市町村は,保育所への入所以外の適切な保護をしなければならないと定められています。
Y市側は,Xちゃんがのどにカニューレを着けていて,気管内のたんを取り除いたりすることが必要な状態であることから,保育園ではなく肢体不自由児通園施設に通園させたほうが適切であることを『やむを得ない事由』として,Xちゃんを保育園に入園させなかったのだと主張しました。
 
Xちゃんとしては,保育園ではなく,肢体不自由児通園施設に通うしかないのでしょうか?
Xちゃん側は,Y市側の『やむを得ない事由』の判断は明らかに間違っていて,「保育園に入れないという処分はおかしい」「保育園に入れてほしい」と考えて,保育園入園不承諾処分を争っていくことにしました。
 
どうやって争うのですか?
Y市の福祉事務所長がした保育園入園不承諾処分は,行政処分の一つです。
  行政処分を争う方法としては,①行政庁に対して,行政不服審査法に規定されている審査請求をするという方法,②裁判所に対して,行政事件訴訟法に規定されている行政訴訟を提起するという方法があります。
  本件では,①審査請求と②行政訴訟の二つが考えられます。
 
審査請求とはどのような手続ですか?
「審査請求」とは,行政庁が違法・不当な処分をしたとき,および,行政庁が処分を怠っているときに,その行政庁の上級庁に対して不服申立てをすることです。
法律上,訴訟の前に審査請求を必ずしなければならないと定められている場合でなければ,行政庁の処分が「違法」と考えられる場合,すぐに裁判所に訴訟を提起しても構いません。しかし,行政庁の処分が「法律に違反しているとまではいえないけれど,妥当でない」という場合には,裁判では争えないので,この審査請求を使うことになります。
また,行政庁の処分が「違法」と考えられる場合であっても,「審査請求」は裁判よりも手続が簡易で迅速なので,裁判をする前にまずは上級の行政庁に判断してもらおう,ということで「審査請求」をする場合もあります。
本件でも,Xちゃんの父Aさんは,平成 174月,保育園入園不承諾処分に不服があるとして,Y市福祉事務所長の上級行政庁にあたるY市長に対して審査請求を行っています。
しかし,Y市長は,福祉事務所長の行った処分は違法でも不当でもないとして,Aさんの審査請求を棄却する裁決をしています。
 
行政訴訟とは,どのような手続ですか?
審査請求が行政庁に対する不服申立てであるのに対して,行政訴訟は,第三者である裁判所に対して訴訟を提起して,不服の当否を判断してもらうというものです。
  本件で,Xちゃん側は,平成 1711月,「保育園に入れないという処分はおかしい」「保育園に入れてほしい」という主張をして,裁判所に訴訟を起こしました。
 
「保育園に入れないという処分はおかしい」「保育園に入れてほしい」という主張が裁判所に認められると,どうなるのですか?
これらの主張は,行政訴訟では 2つの種類の請求にあたります。
   () 取消訴訟
まず,「保育園に入れないという処分はおかしい」という点は,Y市福祉事務所長が行った保育園入園不承諾という処分は違法だから取り消してくれ,という請求になります。
このように,行政庁の処分等が違法であることを理由に,裁判所に対してその取消しを求める訴訟を「取消訴訟」といいます。
取消訴訟で勝訴すると,判決によって処分の効力は遡って消滅し,その処分は最初からなかったことになります。
   () 義務付け訴訟
本件では,保育園入園不承諾処分が取り消されても,Xちゃんが保育園に入園できるわけではなく,何も処分がない状態に戻るだけです。
そうすると,Xちゃん側は再度Y市福祉事務所長に対して保育園の入園申込みをすることになり,しかも,必ずしも保育園入園承諾処分がなされるとは限らないのです。これでは,もし取消訴訟で勝訴しても,「保育園に入れてほしい」というXちゃん側の希望は実現できません。
そこで,「取消訴訟」といっしょに「義務付け訴訟」を提起することが考えられます。
「義務付け訴訟」とは,行政庁に対して公権力の発動を求める訴訟のことをいい,法律によって制度化されたのは,Xちゃんの事件が起こる直前,平成 16年の行政事件訴訟法改正のときでした。
Xちゃん側は,上記処分の取消しと一緒に,「Y市福祉事務所長に対して,Xちゃんの保育園への入園を承諾することを義務付けること」を裁判所に求めました。
 
裁判をすると,判決までに時間がかかると聞きます。裁判が終わるころにはXちゃんは小学校に入学する年齢になってしまって,裁判が無意味になってしまうのではないですか?
「取消訴訟」で保育園入園不承諾処分が取り消され,「義務付け訴訟」で入園承諾処分が義務付けられれば,XちゃんはY市の保育園に通うことができますが,たしかに,裁判は時間がかかるものですから,Xちゃんはどんどん成長するのに,判決を待っていたのでは,保育園で過ごせる時間はどんどん少なくなってしまいます。
このように,判決を待っていたのでは取り返しのつかない損害が発生してしまうような場合には,「仮の義務付け」という制度があります。裁判所に申立てが認められれば,「義務付け訴訟」で求めている処分が仮になされることになります。
この制度も,平成 16年の行政事件訴訟法改正によって作られたもので,本件で,Xちゃん側は,訴訟を提起するのと同時に「Y市福祉事務所長に対して,Xちゃんの保育園への入園を承諾することを仮に義務付けること」を求めて裁判所に申立てをし,平成 181月には,裁判所がこれを認めて,Y市福祉事務所長に対し,Y市のいくつかの保育園のうち,どこかにXちゃんが入園することを仮に承諾するように命じました。
 
そのほかに,裁判でY市側に請求できることはありませんか?
Xちゃんとその父親Aさんは,上記のほかに,Y市側が違法にXちゃんの保育園入園を拒否したことによって精神的損害を被ったなどとして,国家賠償法に基づいて,それぞれ 100万円の損害賠償請求をしました。
 
Xちゃんの裁判で,裁判所の判断はどのようなものだったのですか?
裁判所は,Y市福祉事務所長の保育園入園不承諾処分は違法だとして,「Y市福祉事務所長が父Aさんに対してしたXちゃんの保育園入園を承諾しないとの処分を取り消す」とした上で,「Y市福祉事務所長は,Xちゃんについて,Y市のいくつかの保育園のうち,どこかの保育園への入園を承諾せよ」と命じました。
 
それはなぜですか?
裁判所は,児童福祉法に基づいて,保育園の入所要件を満たしている保護者から入所の申込みがあったときは,市町村は,その児童を心身ともに健やかに育成する責務を負うのであって,このことは,その児童が障害を有する場合であっても変わりはない,としました。そして,真にふさわしい保育を行う上では,障害者であるからといって一律に保育所における保育を認めないことは許されず,障害の程度を考慮し,その児童が,保育所に通う障害のない児童と身体的,精神的状態及び発達の点で同視することができ,保育所での保育が可能な場合には,保育所での保育を実施すべきとしています。
  そして,裁判所は,障害のある児童であっても,上記の判断基準から保育所での保育が可能な場合であるにもかかわらず,行政庁が『やむを得ない事由』があるとして,その児童に対し,保育所における保育を承諾しなかった場合には,そのような不承諾処分は違法としました。
その上で,裁判所は,本件のXちゃんは,たんや唾液の吸引等について配慮を必要とする状態ではあったものの,成長につれて種々の機能障害が改善し,入園不承諾処分当時は,呼吸の点を除いては,知的及び精神的機能,運動機能等に特段の障害はなく,近い将来,カニューレの不要な児童として生活する可能性もあり,医師の多くも,障害のない児童との集団保育を望ましいとしており,たんの吸引については,看護師等が行えば,吸引に伴う危険は回避することができるなどからすれば,保育所に通う障害のない児童と,身体的,精神的状態及び発達の点で同視することができ,保育所での保育が可能であったと判断し,Y市福祉事務所長がXちゃんの保育園における保育を承諾しなかった処分は違法としました。
 
国家賠償請求についてはどうですか?
裁判所は,上記のとおり,Y市側の保育園入園不承諾処分は違法とは判断しましたが,Y市職員の行為には国家賠償法上の違法はなかったとして,Xちゃん側の賠償請求は認めませんでした。
  取消訴訟における「違法」と,国家賠償法上の「違法」とは異なるものだと考えられているからです。つまり,取消訴訟の違法とは,対象となる処分が特定の法律に違反しているということを意味しますが,国家賠償法上の違法とは,問題となっている行為をした公務員が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていなかったということを意味するので,取消訴訟で違法といえたからといって,国家賠償法上も違法といえるわけではない,ということです。